わが街「蛇崩」の由来は?


  


        蛇崩の大蛇伝説   


  「蛇崩」の歴史は古く 、江戸時代後期1810-1829年に
  編さんされた新編武蔵風土記稿に蛇崩の由来について
  の記述があることから、その時点よりさらに遡り、かなり
  古くからの地名であったことが推察されます。

  そして、公式には明治22年の町村制施行により字名と
  して目黒村大字上目黒字蛇崩で登場。大正11年の町制を
  経た後も親しまれておりましたが、昭和7年の目黒区誕生
  を機に消滅。

  今は蛇崩交差点や蛇崩川にその名前が残っているだけ
  で目黒区蛇崩5丁目などという住所は存在しません。


  
さて、その名の由来ですが、前出の新編武蔵風土記稿に
  記されている 「昔、大水の際、崩れた崖から大蛇が出た
  ことからこの地名が生まれた」 という 『大蛇伝説』が知ら
  れております。

  他に、蛇崩の地を流れる蛇崩川に起因する由来も残って
  おり、「蛇行していた川が、大雨時に水かさを増し逆巻く
  激流となり、まるで蛇がのたうちまわる様に見えたので
  蛇崩川と呼ばれた」

  「川岸の砂利や砂などが多く含まれた土壌がよく崩れた
  ので砂崩川と呼ばれ、それが転じて蛇崩川になった」 と
  いう説などが挙げられます。

  しかし、それらの説が正しいとすると “まず最初に蛇崩川
  が名づけられ、それゆえに地名も蛇崩となった” という事
  になってしまいます。

  うーん・・ でも、それでは蛇崩というインパクトのある地名
  の由来としてはかなり平凡過ぎ・・・

  と言うわけで、個人的には昔話の題材にもなりそうな
  『大蛇伝説』を押しています。

  もっとも、大蛇と言っても古事記に出てくるヤマタノオロチ
  (八岐大蛇)のような化け物的な大蛇なのか? それとも
  ニシキヘビ的な単なる大きな蛇だったのか?
  それは知る由もありません・・・。


  さて、少し視点を変え広辞苑を引いてみると「じゃくずれ」
  は「蛇崩れ」と書き 【 がけなどの崩れること。また、その
  崩れた所。山くずれ。】 という意味で載っています。

  とすると、蛇にまつわる由来とは全く関係なく、ただ単に
  「この地で度々、崖崩れがあったから蛇崩と呼ばれるよう
  になった」とも思われるのですが・・・

  それとも、わが街、蛇崩の名が最初につけられ、その後で
  崖崩れのことを指す言葉として「蛇崩れ」が定着した・・・。
  と、考えるのは都合が良すぎるでしょうか?

  いずれにしろ、ここ蛇崩には急な坂が多く、昔は急斜面の
  崖らしきものもありました。また蛇崩川も街中を縫うように
  して流れていて子供心に恐怖を感じたこともありました。

  今でこそ人通りも交通量もかなり多い活気のある街となり
  ましたが、弊店が創業した昭和の初めの頃はとても寂しい
  所だったと聞いております。

  長い長い年月をかけて崖は浸食され高低差も少なくなって
  きたのでしょうが、大昔は千尋の谷を想わせる地形の辺境
  であったと想像できます。


  
自然に対する畏怖が今とは比べものにならないほど大き
  かった時代、洪水の度に崖が崩れ、家や田畑が潰されて
  幾人もの村人が犠牲になる。

  その村人の恐怖心が、いるはずもない大蛇を生み出し
  「大雨になると川の氾濫とともに大蛇が現れ大暴れする」
  と、恐れおののいた・・・。


  これが 『大蛇伝説』 の真相なのかも知れません。


  さてさて、現在の蛇崩は人家やマンションが建ち並び、崖
  だった所は整地され昔の面影もありません。蛇崩川はフタ
  をされ緑道として整備されて、今は地下を流れています。

  もう、この蛇崩の地に伝説の大蛇が現れ、大暴れすること
  もないでしょう・・・。


                   株式会社 橋本酒店 



      と、ずっと思っておりました。 しかし・・・
  
    
蛇崩に伝説の大蛇? 再び現わる!


 
参考文献・参考資料


烏森小学校報「創立25周年記念特集号」所収
烏森郷土史話 
第五話(一)蛇崩の地名
山本 和夫 教諭著 (昭和28年3月20日発行


目黒区発行
「みどりの散歩道 東山貝塚・蛇崩川コース」
(平成6年3月31日発行)

目黒区立図書館発行「目黒の地名」
(月刊めぐろ−掲載記事再構成編集版)

岩波書店発行「図書10」掲載−蛇崩遊歩道
阿川 弘之氏著 
(平成13年10月1日発行)






  


    大蛇?伝説 再び

  
2015年6月13日 14時頃 蛇崩に伝説の大蛇?が再び
  現れました!

                   
  

  蛇崩に大蛇?現る
            
撮影者 莉子さん

  蛇崩交差点から路地を入ったところで、ご近所の女子高生
  莉子さんが発見。そして、果敢にも激写!

  写っているマンホールのフタが直径64pですので、推定
  体長は約1m強。大蛇と言うにはかなりの貧弱ですので
  中蛇(そういう表現があるかどうかは別として)と言った
  ところでしょうか・・・。

  とは言え、決して小さいわけではなく、街中で突然こんな
  のに遭遇したら普通はパニクってしまう。莉子さんの度胸
  と勇気に拍手です。

  しかしながら、現場には莉子さんしか居なかったそうで
  いくら勇猛果敢でも、さすがに生け捕りに出来るはずも
  なく、今もって見つかったという話しも聞いておりません。

  発見当初は『ペットとして飼われていたものが逃げた』説
  や『飼われていたものだったら毒蛇の可能性もある』説も
  飛び出し、プチ騒動になりました。(と言っても数人ほど)

  で、ご近所に住む博識のKさんが、保健所や警察に問い
  合わせてくれたそうですが、どちらの対応もさほど緊迫感
  がなかったとか・・・。

  その後、Kさんや目黒区議の先生まで加わり、色々と調
  べていただいた結果、どうやら野生のアオダイショウ(青
  大将)なのではないかと言うことで落ち着きました。

  確かに昔は蛇崩界隈にも竹藪があり、蛇が多く生息して
  いたのは事実ですが、もう何十年も見かけておりません。
    
  ところが、聞くところによると、今でも小さいものを含めて
  あちこちに生息、出没しているそうです。

  ネズミや鳥の卵、トカゲ、カエルなどをエサとしているそう
  なので、それらがいるであろう場所、東山公園や自衛隊
  三宿駐屯地にも生息しているようです。

  と言う事は世田谷公園にも居るかも知れませんし、どこか
  の家の庭にも潜んでいるかも知れません。

  保健所や警察がさほど緊迫感を持っていなかったという
  のは、蛇崩界隈では常日頃から『蛇を見かけた』という
  類いの電話や報告が多いからなのかも知れません。
  
  さすがに今回のような体長1mを超すような大物の報告は
  少ないと思いますが・・・。カラスが天敵のようで、そこまで
  成長する前に食べられてしまうのでしょう。

  まあ、アオダイショウだったら無毒ですし、それほど害も
  なさそうなので、とりあえず、これにて一件落着!と言った
  感じです。


  しかし、ひょっとして10年後、この蛇が全長10mを超し、
  人を飲み込むほどの大蛇に変貌していたりして・・・

  大蛇伝説復活!なんて事にならぬよう祈るばかりです・・・。

  

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昭和の蛇崩を撮した 蛇崩写真館へ をご覧下さい。

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